度々聞かれる‥ 表千家と裏千家では どういう違いがありますか?

茶道の三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)と言いますが、これまで何度となく表千家と裏千家は何が違うのですか?という質問を受けてきました。

表千家の14代家元 即中斎宗匠は「流派によってどこが違いますか」という質問に対し、「どうでもよいところが違います」と答えられたというお話しが残っています。周りの先生方も、「お茶という大きな大前提から考えると 皆お茶であって変わらない。違いといえば、点前の仕方とか家元の姿勢とか伝承の違いくらいしかないです。」とおっしゃっています。

表千家は抹茶をあまり泡立てないで自然にできた景色を楽しむのに対して、裏千家はしっかりと泡立ててクリーミーなまろやかなお抹茶です。多数の流派が集まるお茶会に行かれると、袱紗の色や点前の仕方など多少の違いなど、他流派のお点前が拝見できます。

三千家が確立された歴史を追ってみます。千利休の孫・元伯宗旦には四人の子がいました。長男は家を出て、次男は塗師を生業とし、三男は茶の道を継ぎ 四男は医師を志して医学の道に行きました。次男、四男はその後家に戻り、三兄弟は 茶の道に専念し、それぞれ大名の仕官として努めるようになりました。
三男 江岑宗左(こうしんそうさ)  紀州徳川家
四男 仙叟宗室(せんそうそうしつ) 加賀前田家
次男 一翁宗守(いちおうそうしゅ) 高松松平家

茶道職の家として 生き残るために曽祖父千利休の詫び茶の精神を受け継ぎ 兄弟で協力しながら 茶道家として生きていたんだろうと思います。

宗旦隠居後、家督は三男の江岑宗左に継がれました。これがのちの表千家です。
宗旦がそれまで使っていたお茶室「不審庵(ふしんあん)」を江岑宗左に継ぎ(表千家)
宗旦隠居後に建てた お茶室「今日庵(こんにちあん)」を仙叟宗室に (裏千家)、
一翁宗守はお茶室「官休庵(かんきゅうあん)」を建てました(武者小路千家)。

表千家と裏千家の名前は 表千家「不審庵」の裏手に「今日庵」があるので 表と裏で 表千家、裏千家と呼ばれ、武者小路千家は官休庵が武者小路という道沿いにあることからその通りの名をとって武者小路千家となりました。三千家はこうして誕生しました。

茶道教室をお探しの方で、何の流派の教室が良いのか分らない方 沢山いらっしゃると思います。しかし茶の心はどの先生に通っても同じだと思いますので、一番には続けていくのに無理なく通いやすい教室で、体験や見学をさせて頂き この先生なら大丈夫!と思われる先生と出会うことが一番大切かと思います。それではまた、ごきげんよう^^

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